遺言書で指定されている場合や、特定財産承継遺言のとき、相続放棄はできる?

2023年06月13日
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遺言書で指定されている場合や、特定財産承継遺言のとき、相続放棄はできる?

裁判所が公表している司法統計によると、令和3年に熊本家庭裁判所に申し立てのあった相続放棄の件数は、3140件でした。

遺言書で遺産分割方法や遺贈が指定されていたとしても、遺産を受け取る側の事情によっては「指定された遺産の相続を希望しない」という場合もあります。原則として、遺言書とは異なる内容で遺産を分けることはできません。

しかし、遺言のある相続であっても、相続放棄をすることはできます。本コラムでは、遺言書がある場合の相続放棄について、ベリーベスト法律事務所 熊本オフィスの弁護士が解説します。

1、遺言の内容には必ず従う必要はある?

基本的に、遺言書で遺産分割方法などの指定がなされている場合には、遺言書に従った遺産分割を行う必要があります。

  1. (1)原則として遺言書に従った遺産分割を行う

    被相続人が遺言書を残していた場合には、原則として、法定相続人の間で行う遺産分割協議ではなく、遺言書にしたがって遺産を分けることになります
    遺言書は亡くなった方の最後の意思表示であるため、相続人もその意思をくんで遺言書どおりに遺産分割をするべきだとされているからです、

    しかし、遺言書の内容によっては、遺言書どおりの遺産分割をすることが不合理になる可能性もあります。
    したがって、一定の要件を満たす場合には、遺言書と異なる内容での遺産分割をすることができるとされています。

  2. (2)遺言書と異なる内容で遺産分割ができるケース

    以下では、遺言書と異なる内容で遺産分割ができるケースを解説します。

    ① 相続人全員の合意がある場合
    相続人全員が遺言書の内容を知ったうえで、遺言書の内容と異なる遺産分割をすることに合意をしている場合には、遺言書と異なる内容の遺産分割をすることができます。

    たとえば、遺言書で長男に農地を相続すると記載されていたとしても、長男は農地の相続を希望せず、次男が農地の相続を希望するというケースがあるとします。
    このとき、遺言書どおりに遺産を分けると、本人が希望しない財産が長男に押し付けることになってしまいます。
    このようなケースでは、相続人全員の合意があれば、相続人による遺産分割協議によって被相続人の遺産を分けることができるのです
    この場合は、改めて相続人全員で遺産分割協議書を作成しておきましょう。

    ② 遺言が無効である場合
    法律上、遺言には厳格な方式が定められているため、法定の方式に違反した遺言については、無効な遺言として扱われます。
    遺言が無効になれば、「遺言はなかった」ということになります。
    そのため、遺言が無効の場合には、遺言内容に拘束されることなく、相続人による遺産分割協議によって被相続人の遺産を分けることになります

2、特定財産承継遺言だった場合も相続放棄できる?

以下では、被相続人が残していたのが「特定財産承継遺言」であった場合にも相続放棄をすることはできるのかどうかについて解説します。

  1. (1)特定財産承継遺言とは

    特定財産承継遺言とは、特定の相続人に特定の遺産を相続させる内容の遺言のことをいいます。
    たとえば、「遺言者は、遺言者の有するA不動産を遺言者の長男に相続させる」という内容の遺言が、特定財産承継遺言にあたります。
    特定財産承継遺言は、多くの場面で利用されています。

    特定財産承継遺言では、特定の相続人に特定の遺産を相続させるという点で「遺贈」と性質が類似する面があります。
    しかし、法律上は、特定財産承継遺言とは「遺産分割方法の指定」です。
    そのため、特定財産承継遺言があった場合には、特段の事情がない限り、被相続人の死亡と同時に当該遺産が相続人に承継されることになります

  2. (2)特定財産承継遺言を放棄する方法

    特定財産承継遺言がなされた場合、遺産を相続した相続人は「遺言の利益」を放棄できない可能性があります。

    たとえば、長男、次男、長女の3人が相続人で、遺産として、農地と預貯金3000万円があるとします。
    この事例では、遺言書では、「農地を長男に相続させる」と記載されていましたが、長男は、農地のある場所から離れた場所に住んでおり、「維持管理が困難だから、農地と預貯金を含めて相続人同士で遺産分割協議をしたい」と考えています。
    このケースにおいて、長男の希望どおりの遺産分割を実現するためには、どうすればいいでしょうか?

    特定財産承継遺言においては、相続発生により、特別な行為を要することなく直ちに遺産が当該相続人に承継されて、遺産分割の対象から除かれることになるとされています。
    そのため、他の相続人全員の合意がない限りは、長男の意向のみによって「遺言の利益」を放棄して、遺言と異なる内容の遺産分割をすることはできません
    このケースにおいて長男が農地の相続を回避するためには、遺言の利益の放棄ではなく、相続放棄という方法を選択しなければなりません。
    ただし、相続放棄をした場合には、取得を希望しない農地だけではなく、他のすべての遺産の相続権も失ってしまうことになります。

3、遺贈を指定されていた場合は?

以下では、被相続人から遺贈の指定を受けていた場合に遺贈を放棄することができるかどうかについて解説します。

  1. (1)遺贈とは

    遺贈とは、遺言によって財産を無償で譲ることをいいます
    遺贈によって財産を渡す人を「遺贈者」、財産を受け取る人を「受遺者」といい、相続人だけではなく第三者も受遺者になることができます。
    ただし、法定相続人にとっては、遺贈ではなく特定財産承継遺言によって財産が譲られる方が、手続き面や税金面でメリットがあります。

    遺贈は、主に第三者に対して財産を渡す場合に利用される手続きです。
    なお、遺贈には「特定遺贈」と「包括遺贈」の2種類があります。

    ① 特定遺贈
    特定遺贈とは、遺言者が受贈者に対して、特定の遺産を指定して遺贈することをいいます。たとえば、「遺言者は、A不動産を○○に遺贈する」という遺言が特定遺贈です。

    特定遺贈では、受贈者は、指定されている財産以外を引き継ぐことはありません。
    そのため、遺贈者に借金などがあったとしても、それらを引き継がなくてよくなります。

    ② 包括遺贈
    包括遺贈とは、遺言者が受贈者に対して、特定の遺産ではなく遺贈する割合を指定して遺贈することをいいます
    たとえば、「遺言者は、すべての遺産を○○に遺贈する」、「遺言者は、遺産の4分の1を○○に遺贈する」という遺言は、包括遺贈となります。

    包括遺贈では、相続財産全体に対する割合を指定するという点で、相続に近いものといえます。
    そのため、相続と同様に、遺贈者に借金などのマイナスの財産があった場合にはそれらも引き継ぐことになります。
  2. (2)遺贈を放棄する方法

    遺贈者から財産を遺贈されたとしても、他の相続人との関係などの理由で遺贈を辞退したいという場合もあるでしょう。
    このような場合には、遺贈を放棄することができますが、遺贈が「特定遺贈」であるか「包括遺贈」であるかによって、遺贈の放棄の方法が異なってきます。

    ① 特定遺贈の場合
    特定遺贈の場合には、相続発生後であればいつでも遺贈の放棄をすることができます
    遺贈の放棄に特別な手続きは不要であり、相続人や遺言執行者に対して、遺贈を放棄する旨の意思表示をするだけで足ります。

    ただし、後日、「遺贈を放棄したかどうか」でトラブルになるのを避けるためにも、遺贈の放棄の意思表示は、口頭ではなく内容証明郵便を利用した書面による方法で行うことが確実です。

    ② 包括遺贈の場合
    包括遺贈の放棄をする場合には、家庭裁判所で遺贈の放棄の申述という手続きをする必要があります
    包括遺贈には相続人による相続に近い性質があるため、相続放棄と同様に家庭裁判所での手続きが要求されます。

    なお、遺贈の放棄の申述は、「自己のために遺贈があったことを知ったとき」から3か月以内に行わなければなりません。

4、相続放棄を行う方法と注意点

以下では、相続放棄の方法と注意点について説明します。

  1. (1)相続放棄の方法

    相続放棄をする場合には、まずは、被相続人の相続財産調査を行います
    相続財産調査によって、被相続人のプラスの財産とマイナスの財産を正確に把握することで、相続放棄が必要かどうかを判断することができます。

    相続財産調査をしたうえで「相続放棄が必要だ」と判断した場合には、家庭裁判所に相続放棄の申述を行いましょう。
    相続放棄の申述後は、家庭裁判所から照会書が届きますので、それに回答を行ってください。
    その後、裁判所によって相続放棄の可否が判断されます。
    相続放棄が許可された場合には、家庭裁判所から相続放棄申述受理通知書が届きます。

  2. (2)相続放棄の注意点

    相続放棄をする場合には、以下の点に注意が必要です。

    ① 相続放棄には期限がある
    相続放棄をする場合には、相続の開始を知ったときから原則として3か月以内に、家庭裁判所に相続放棄の申述を行わなければなりません
    しかし、相続開始から3か月という非常に短い期間では、財産調査を行い相続放棄の要否を判断することが難しい場合もあります。

    そのような場合には、早めに弁護士に相談をすることをおすすめします。
    弁護士であれば、相続放棄の期限内に相続財産調査を終え、相続放棄の手続き代行することも可能です。

    ② 相続放棄後も管理責任が残る場合がある
    相続放棄をすることによって、遺産を相続する必要はなくなります。
    しかし、すべての相続人が相続放棄をしてしまった場合には、相続放棄をした相続人に遺産の管理責任が生じることがあります

    相続人が誰もいなくなってしまった場合には、相続財産管理人の選任が必要になります。

    ③ 相続財産の処分をしてしまうと相続放棄ができなくなる
    相続放棄をする前に、相続財産である預貯金の払い戻しを受けたり、老朽化した自宅を取り壊したりしてしまった場合には、法定単純承認事由に該当して、相続放棄が認められなくなる可能性があります

    被相続人に借金がある場合に相続放棄が認められないと、予期せぬ借金を背負ってしまうおそれもあります。
    相続放棄を検討されている方は、自分で手続きを進める前に、専門家である弁護士に相談をするようにしましょう。

5、まとめ

被相続人による遺言があった場合でも、相続人全員の合意があれば、遺言と異なる内容の遺産分割をすることができます。
しかし、一部の相続人が反対しているような場合には、遺言どおりに財産を引き継がなければなりません。
遺産の引き継ぎを拒みたいという方は、相続放棄の手続きをする必要がありますので、早めに弁護士に相談しましょう

相続放棄を検討されている方は、ベリーベスト法律事務所 熊本オフィスまで、お気軽にご相談ください。

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